第1222回例会  平成21年10月27日(火) 例会記録  No.16
日出ロータリークラブ週報


四つのテスト
■出席報告 荒金則之委員長
会員総数 14名 ゲスト 1名
会員出席数 11名 ビジター 0名
会員出席率 78.6% 出席者数 12名
前々回出席率 (10/13)78.6% 修正出席率 (10/13)100%
100%連続回数 8回 100%通算回数 361回
出席免除会員 山田滋彦
●メイクアップ
事前  
事後  
●欠    席  上野公則、河野一幸、児玉重信
19時00分
それでこそロータリー
チン・カホウ(米山奨学生)

 会長 鈴木 貫史

  皆様、今晩は。本日で10月の大変忙しい月間も最後の例会となります。米山奨学生 チン・カホウさんによる「香港留学生からみた日本の文化」というタイトルにて、卓話をして頂くこととなっております。どうぞ宜しくお願いします。
 さて、10月6日の山﨑勝ガバナー公式訪問及び懇親会、また10月18日の別府近隣7RC親睦ソフトボール大会及び懇親会、また10月25日(日)に大分キャピタルRCの創立10周年記念式典と祝賀会への参加など、10月に予定された大きな行事を一つずつ大過なく終えることが出来ました。皆様の御協力に大変感謝申し上げます。中でも秋吉副会長には、ガバナー公式訪問後の懇親会でのお得意の“踊り”にてガバナーを和ませ、そして親睦ソフトボール大会では、現在ある能力を最大限に活用し、そしてほぼ全会員をバランスよく配置し、準優勝までもたらした采配に感服致しました。この勢い、チームワークを、今後の日出クラブの運営、行事により成長、発展させて行ければと考えております。
 また一昨日の25日、大分キャピタル創立10周年式典にては、佐藤英隆会員と供に他クラブとの友好を重ねることが出来ました。その中で一つ大切な約束が出来ました。それは木下光一ガバナーエレクトと来年2月頃に、ガバナーエレクトが1月のサンディエゴ研修を終えられて後、その時の様子を含めて日出クラブの外来卓話として来て頂き、講話して頂くことの内諾を得ました。皆様も楽しみにして頂きたいと思います。
 以上御報告を致しまして、本日の会長の時間とさせて頂きます。

 幹事 小路  郁

1.本日の予定
米山奨学生 チン・カホウさんの卓話 演 題「香港留学生から見た日本の文化」 

2.次週の予定

11月 3日(火) 法廷休会 
11月10日(火) ロータリー財団 秋吉尚康委員長 卓話 

3.お知らせ
週報No.1~15までホームページにて閲覧可能です。
10月25日(日)大分キャピタルRC創立10周年記念式典に鈴木貫史会長・佐藤英隆会員が出席しました。
ガバナー公式訪問例会の1~2次会の個人負担会費 9,600円、 近隣7RC親睦ソフトボール大会の懇親会費 7,000円
本日お支払いをお願いいたします。
11月21日(土)・22日(日)地区大会のご案内 於:崇城大学市民ホール(熊本市民会館)
22日(日)本会議 9:00~登録開始 (会長・幹事は8:00~登録開始)

4.例会変更のお知らせ
別府北RC…… 10月28日(水)の例会は、職場例会の為、【別府市竹細工伝統産業会館】に場所変更
別府東RC…… 10月29日(木)の例会は、職場例会の為、【大分ヤクルト販売㈱】に場所変更
11月 5日(木)の例会は、サンゲタンを食べる例会の為、【コリアンハウス】に場所変更
大分東RC…… 11月 5日(木)の例会は、夜の例会の為、【ウエダ】に時間・場所変更
大分南RC…… 11月 6日(金)の例会は、野外家族例会の為、【臼杵市内観光】に日時・場所変更
大分南RC…… 11月13日(金)の例会は、大分城西との合同例会の為、【大分センチュリーホテル】に時間・場所変更
大分RC……… 11月10日(火)の例会は、新会員歓迎夜の例会の為、【オアシスタワー】に時間・場所変更
大分城西RC… 11月11日(水)の例会は、大分南RCとの合同例会の為、【大分センチュリーホテル】に日時・場所変更
宇佐RC……… 11月12日(木)の例会は、4クラブ合同グランドゴルフ大会の為、時間・場所変更
別府RC……… 11月13日(金)の例会は、「シニアとの夕べ」の為、【本家 お川】に時間・場所変更
中津平成RC… 11月19日(木)の例会は、ロータリー夜学の為、【割烹 嘉乃】に時間・場所変更




鈴木貫史会長
:(T) 会長でありながら、チン・カホウさんの卓話を聞くことが出来ず、私の緊急な仕事に戻らねばなりません。
大変申し訳なく、他の時にチン・カホウさんに対して埋め合わせを致します。
  山田滋彦会員
:(W) ソフトボール大会で大変ご迷惑をおかけしました事と、又10月30日より自分自身の体調に対して検査入院をしますため、しばらくロータリーを欠席します。
秋吉尚康会員
:(T) ソフトボール監督
10月18日に行われた別府市近隣7RCソフトボール大会では準優勝となり、すばらしい成績を収めることが出来ました。来年は優勝をめざして頑張りましょう。
  金田規嗣会員
:(W) ストーブ用の薪を吉弘さんに頂きました。

香港留学生から見た日本の文化

 外国へ留学するのは子供からの夢でした。そのときは留学生になれば、きっと誰よりも、いい仕事を見つけられると考えました。留学すれば、言語力も知識も高めるし、人脈も広められるので、勝負をかけて留学することにしました。 初めて日本に来た瞬間、夢が叶えたということに感動しました。実は私は今の大学に来る前に、一年間日本で文化交流プログラムに参加したことがあります。しかし、当時は、学校側の担当者が、学生さんの生活を全面的に世話を見てくれましたので、学校以外の社会はなかなか触れ合えなかったです。
 APUに来てから、初めて日本を見ました。そして、日本と出身地の香港との違いがたくさん感じました。
 今日、この機会を使って、私―香港留学生として気づいた、日本の特徴的な文化を教えさせていただきたいと思います。

曖昧!?
 日本に来る前に、2年間大学で日本語を勉強しました。先生はいつも日本語は曖昧な表現が多いと言いました。確かに、いつもはっきりと主語などを言う広東語と比べると、日本語のほうが曖昧かもしれません。しかし、何回も話したり聞いたり、練習すれば、省略という特徴はそんなに難しいことではありません。連想できるので、日本語は曖昧という感じもなくなりました。
 一番難しいのは省略じゃなくて、意味の曖昧です。
 初めて会った日本人はよく私にこう言います。「アガサはいつもはっきり言うね」とびっくりしながら、苦笑いをします。
 私はこういう経験があります。日本人の友達と一緒に、もう一人の日本人の家に遊びに行きました。一人はモツを私に食べさせたかったので、モツの炒めものを用意しました。しかし、食べたら、モツも野菜も火が通していないため、私はこう言いました。「火がまだ通していないから、もうちょっと炒めてくれますか。」友達ですから、直接に話してもいいと思いながら、お皿を渡しました。友達は「え?」と返事して、苦笑いをしました。
 そして、もう一人の日本人は「アガサはスゴイ」私に言いました。
 香港の場合は、こういう話は別に特別なことではありませんが、日本では、物事を断る、不満を申すのは、非常に気を遣わないといけないことです。それに、断っても、特に目下の人は、はっきり言うのは失礼だと考えられます。
 私はどちらのほうがいいか、判断できないです。曖昧は決して悪いことではありません。しかし、曖昧な日本語は、他人を気遣う結果だと考えたら、日本を留学先にしたのはよかったと思います。

騙されやすい?
 あるテレビ番組を見ました。「日本人の観光客は一番に騙されやすい」とテレビの前に、ある専門家がこう発言しました。  観光の時だけではなく、「バナナダイエット」や「納豆ダイエット」の事件でも、大勢の日本人は、テレビの話しを疑わずに信じました。もし同じことが香港で起こったら、恐らくほんの少しの人しか、信じてくれないでしょう。私もこの話題について、カウンセラーの荒金さんと話しました。最後に「日本人は単純だ」という結論がでました。
 みなさん、単純というのはいいことですか、悪いことですか。私はこう考えます。「周りの人によって違います。」もし周りの人が家族のような、信じてもいい人たちでしたら、ずっと他人を疑うのは悲しいことです。その代わりに、自分から利益を取るつもりの人ばかりの世界には、単純な人は必ず傷つきます。
 「騙されやすい」と言うのは非常に失礼なことかもしれませんが。私から見ると、人を信じて生きられることは、全然悪いことではありません。もう少し考えたら、それは平和のしるしではないでしょうか、と私は思います。

「すみません」
 日本に来て、最初に違和感を感じましたのは、日本人からの謝りです。
 日本は、バスに乗って椅子を下ろしたいなら、「すみません」を言います。人の前にものを落としたら、「すみません」を言います。飛行機で乗務員に服を汚された経験があります。その時、乗務員3人から、何回も「すみません」や「申し訳ございません」などの謝りをされました。そのあと、自分から「すみません」と言いたいくらい、乗務員に罪悪感を感じました。
 しかし、香港は謝るのは恥ずかしいから、本当に失礼なことにしか謝りません。特に、家族や親友の前には、謝りは要らないと考える人もいます。そして、謝るのは自信がないとの示しなので、自分の能力を強調するため、何でも謝るのはいけないことです。
 多分みなさんはこう考えているでしょう。「マナーですから、『すみません』は言うべきです。」このような考えは理解できますが、「すみません」といつも言うと、距離感を感じさせるのではないでしょうか。
 私と知り合って、もう一年半の友達がいます。彼は恋愛話も私と相談するくらい親しいかたです。きっといい友達になれると思えば、いつも腰を曲げて、謝っています。マナーだとしても、「ごめんなさい」、「すみません」を言い過ぎると、距離がみえます。日本人の友達と付き合うとき、よくこのような違和感を感じます。実は何度もやめさせようとしたんですが、好意の行動だと思いますから、文化の違いを感じ、「大丈夫です」と返事しながら、微笑みを口元に浮かんできました。

団結心
 謝りの習慣から、もう一つの文化を発見しました。日本人の団結心が見えます。職場では、自分のせいでもないのに、誰かが間違えば、上司と部下と一緒に、謝ることは全く珍しいことではありません。飛行機の中で、服を汚したのは一人の乗務員でしたが、謝るのは3人でした。なぜですか。もしかしたら、仕事は一人ではなく、グループだと考えているからの結果でしょう。
 香港の職場では、会社のことも考えますが、自分の出世が一番大事だと考える人はほとんどでしょう。日本と違って、終身雇用制より、いい会社で仕事できるように、いろいろな会社で勤めるのは普通です。何十年間も同じ会社にいて、同じ仕事をすれば、「能力のない人じゃないか」と思われます。
 日本の民族性は強いということは、香港では有名な話です。来る前に、この話しは聞きましたが、本当かどうか確認できませんでした。しかし、ここで生活を始めたら、やっとわかるようになった気がします。
 私は今大学の寮に住んでいます。そこで、ある現象を発見しました。外国人の友達ができれば、日本人の友達から仲間外れされることです。私は自分のことを言っているではなくて、一人の日本人の経験を話しています。彼女は、入学するときに英語が苦手だったので、日本人の友達がしかできませんでした。努力家ですから、2年生の時、英語はもう流暢に話せるようになりました。そして、外国人の友達が増え続きながら、日本人の友達がどんどん失ってきました。
 一緒にカラオケへ行っても、日本人と外国人のグループが、必ず分かれて座ります。空気が変な感じになるので、「混ぜて座ったほうがいいじゃないか」とアドバイスしたら、シーンとより静かになりました。
 私は誰かのせいにするわけではありません。多分他の国へ留学すれば、同じことになるでしょう。同じ言語と国籍の人とは、親しくなるのは当たり前のことです。それでは、なぜ私は違和感を感じたかというと、香港はそうではないところです。
 香港は返還してから、10年間も経っているですが、香港は完全に中国の一部になったのに、まだまだこの事実に慣れていないです。団結の中心がないので、団結精神もなくなりました。自分はどこに所属すればいいか、わかりませんから、自分は自分に所属するしかありません。
 日本人の団結心に羨ましいとも言えるですが、香港の自己中心精神との文化を始めて気付きました。

一分間も間違えない
 寮のごみ捨て時間はよるの10時半から、11時までです。ある日、私はいつも通り、10時半ころにごみ捨てに行きました。玄関のところにRAという各フロアのアシスタントがいました。ドアを開けて、出ようとした瞬間に、RAに止められました。「え?何ですか」と聞きましたら、向こうに「あと2分」と言われました。
 特に玄関のところ寒かったので、「そこまで時間を守らなくていいじゃないの」と少し腹立ちました。しかし、ルールはルールですから、迷惑をかけないように、RAと会話せず、玄関で2分間待ちました。
 時間を守るのは決して悪いことではありません。特にバスを待つときです。香港のバスは、10分から15分くらい遅れても普通です。もしちょうど書いてある時刻表の時間にバスが来ましたら、その日は非常にラッキーでしょう。香港はまだいいですが、ヨーロッパでバスを待つと、30分間も待ったことあります。でも、理由は教えてくれませんでした。
 日本に来て、時間を守る程度に、十分にショック受けました。電車も、飛行機も、バスも、12時に着くと書いてあるなら、12時に着きます。特に東京の交通機関は驚くほど時間を守ります。
 待たせなかったのに、「お待たせしました」と必ず言うことも、不思議だと思います。友達がトイレから戻るとき、初めて「お待たせしました」と聞いたあとに、何と返事すればいいかと本当に悩みました。私のほうが早かったのは相手のせいではないので、どちらも待たせなかったでしょう。しかし、「お待たせしました」との言葉はトイレから戻るときのルールみたいので、私も言い始めました。

留学生活から学んだものとは
 このように、日本の文化は少しずつ自分の体に染み込んできました。「お待たせしました」という言葉だけではなく、言うときの気持ちも分かるように気がします。そして、日本文化の学ぶ目的は何でしょうと、この文章を書くときに、ずっと考えていました。
 日本文化を考えるときに、単なる日本文化だけではなく、自分の文化のないところまで、分かるのです。そう考えると、自分の文化を知るというのは結果ではないでしょう。
 人々はみんな同じではなく、それぞれ違う能力を持っています。みんなも違うからこそ、社会の各分野が盛んできます。そして、文化も同じです。どちらのほうが優秀という問題じゃなくて、どちらも自分の特徴を持っているので、面白いです。お箸を使っても、フォークを使っても、どちらでもいいです。しかし、違いを知る後は、どうすればいいかということは一番に大切です。
 個人意見ですが、尊重する気持ちを学ぶのは一番大切なものです。時々、見たことも、聞いたこともない文化を経験したとき、「おかしくない」と思ってしまうこともあります。しかし、冷静に考えると、それは自分の世界にないだけです。良いことか悪いことを判断するように、尊重する気持ちを持って、お互いの文化を理解しようとするのは、大事だと理解したのは、留学生活から習ったことです。