1 警察署長の吉良でございます。
平成20年9月に日出ロータリークラブの会合に出席させていただきまして、本日2回目の出席のご案内をいただきました。
早いもので、もうあれから1年経過し、私もこの日出町での生活に慣れてきたところでございます。
この間、皆様方には警察業務の各般にわたり御支援・御協力をいただいておりますことに対し、まずこの場をお借りして御礼を申し上げます。
2 さて、前回私は皆様方に対して「現在の刑事警察を取り巻く環境」という演題でお話をさせていただきました。
その中で私は、『警察捜査を取り巻く環境は、社会情勢の変化により大きく変わってきている。』と説明し、その厳しい捜査環境として3点申し上げました。
この3点については、
その第1点が「国民意識の変化」です。
我が国では従来、近隣関係を中心とする地域社会や終身雇用制度に基づく企業社会等において、強固な連帯意識や帰属意識が形成されていました。
ところが、近年の都市部への人口集中、単身世帯の増加、終身雇用制度の崩壊等により、社会における連帯意識や帰属意識が薄まり、他人への無関心や相互不干渉の風潮が広まっていったのです。
また、最近では、個人情報の保護を理由に捜査上必要な情報の提供を拒まれることも少なくなく、こうした変化により、捜査活動に対する協力の確保は急激に困難となってきたのです。このようなことから、捜査の原点ともいえる「聞込み捜査」が困難となってきたのです。
その第2点は、「社会経済のグローバル化」です。
社会経済のグローバル化により、人、物等の動きが世界的規模で活発となっていることに伴い、捜査環境も大きく変容しました。
犯罪現場及びその付近に残された犯人の凶器、着衣、紙片等の遺留品についても、その出所を確認して犯人を割り出す捜査や被害品の移動経路から犯人を割り出す捜査などの「物からの捜査」は、大量生産・大量流通の著しい進展により困難となっています。
また、国際的な人の移動の活発化に伴い、日本国内で犯罪を行い、国外に逃亡しているもの及びそのおそれのある者の数も増加傾向にある。
その第3点は、「匿名性の高い犯罪の増加」です。
近年の携帯電話やインターネットの普及に伴い、振り込め詐欺(恐喝)などの匿名性の高い犯罪が増加していることです。
これらの犯罪は、携帯電話やインターネットを利用して被害者と対面することなく広域にわたって敢行され、また、携帯電話や現金を振り込ませる銀行口座等は偽名で契約・開設されていることが多いのです。
また、通話履歴やログの保存及びその期間は事業者にゆだねられているため、ログが保存されていない場合や保存はされているが、発生から認知までの間に保存期間が満了した場合には、ログの差押えが不可能となるのです。
さらに、多くの携帯電話が犯行に利用され、照会・差押え等に時間を要することや、携帯電話やインターネットを利用していた者を特定することが困難な場合がある等、その捜査に当たっては、犯罪の痕跡をたどることが他の犯罪と比べて特に困難となっています。
3 このように厳しい捜査環境に対処すべく、現在警察では大きな2点についての取り組みを強化し、警察力の向上を図ることとしたのです。
第1点は、
『指紋の採取・照合、DNAの分析・鑑定技術』といった科学捜査の積極活用
第2点は、
『捜査技術の伝承』を充実させる
という2点です。
4 本日は、第1点目
『指紋の採取・照合、DNAの分析・鑑定技術』といった科学捜査の積極活用という部分に絞って、その現状を皆さん方に説明したいと思います。
科学捜査といえば、皆さん方が一番ご存じの
「DNA鑑定」があるのですが、最初にこのDNA鑑定について説明します。
このDNA鑑定とは、DNA(デオキシリボ核酸)の個人ごとの異なる部分を比較することで個人を識別する鑑定方法です。
(警察で行うDNA鑑定に使用されるのは、DNAの内、身体特徴や病気に関する情報が含まれていない部分であり、また、鑑定結果のDNA情報からも身体的特徴や病気が判明することはありません)
DNAは血液、体液、皮脂、唾液、汗、垢(あか)等から検出されます。
日本では、1992年(平成4年)全国の警察に導入されましたが、当初の鑑定数はわずか51件でありました。
その後、2003年(平成15年)に自動分析装置が導入されたことにより、資料がごく微量であったり、古くても分析が可能となった関係で、年間の鑑定数も1,159件に増加しました。
2006年(平成18年)には、検査キット(鑑定試薬等)が新しくなり、昨年の鑑定数も3万件に上っています。
同じ型の出現確率については、2003年(平成15年)当時、1,100万人に1人でありましたが、現在では4兆7,000億人に1人というように鑑定の精度も一挙に向上しています。
平成16年には、警察庁においてDNA型のデータベースの運用を開始し、昨年末現在
・殺人、性犯罪、窃盗等で逮捕された容疑者3万9,000人余
・凶器に付着した皮脂等未解決事件の遺留品から検出されたDNA型1万5,000件余
を登録しております。
運用開始から昨年までの間に4,500件余りの事件で3,400人余りの容疑者を割り出したり、余罪事件を追及することができている。この他、県境を跨いで発生する連続強姦事件や古い事件の解決に威力を発揮しているのです。
最近では、鑑定精度の高まりと共に未解決事件に関し、「犯人不詳でもDNA型で起訴し、時効を停止できないか」という意見も多くなり、法務省においても時効見直しの一案として検討中です。
5 次に本年1月から警視庁で運用が開始されました
情報分析支援システム(シス-キャッツ)について説明します。
従来の警察捜査は、「
人からの捜査」「物からの捜査」を柱として捜査を行ってきましたが、先程説明しましたとおり『
国民意識の変化』や『
社会経済のグローバル化』により、これらの捜査が非常に困難になって来たのです。
加えて世の中では
団塊の世代の大量退職時期を迎え、社会経済の中心的に働いていた人々が退職する時期を迎えたのです。
勿論、警察もご多分に漏れずベテラン刑事が大量に退職していくことになったのです。
皆さん方は
松本清張の「点と線」という本や映画をご覧になったことがあると思いますが、この小説に出てきます
鳥飼刑事のような抜群のセンスと執念を持った刑事は、この退職と共にいなくなってしまったのです。
このような状況に対処するため考え出されたのが、この
「情報分析支援システム(シス-キャッツ)なのです。
その特徴は、
- 犯罪の発生日時、場所、犯罪の手口等の1件ごとのデーターを入力すると、近くで起きた類似の事件がコンピューターの画面上の地図に一覧表示をされる。
- 住民が目撃した怪しい車やパトロール中の警察官が職務質問をした不審者の記録の検索。
- 過去の窃盗事件等により逮捕された容疑者等の検索。
等が瞬時に分析結果として取り出すことができるようになっているというのが大きな特徴なのです。
現在、各種事件ごとの発生状況や何百万人に上る過去の容疑者の写真や手口、特徴等の膨大な情報がこのシステムに登録されています。
このように、先端技術を積極的に活用することにより、これを現場捜査員の目や足として活用しているのです。
6 次に『
三次元顔画像識別システム』について説明します。
この三次元顔画像識別システムとは、防犯カメラ等で撮影された人物の顔画像と、別に撮影取得した被疑者の三次元顔画像とを照合し、両者が同一人物であるかどうかを識別するものです。
現在、銀行、パチンコ店、コンビニ、スーパー、街頭等のあらゆる場所に防犯カメラが設置されています。いろんな場所に防犯カメラが設置されたことにより、多くの事件の解決手段となったり、犯罪そのものの予防効果に寄与しています。
しかし、防犯カメラの映像や写真は二次元で撮影された写真なのです。
この二次元で撮影された防犯カメラの画像や写真は、撮影される角度が様々であるため、やはり二次元で撮影された被疑者写真を比較するだけでは、個人識別が困難な場合が多いのです。
ところが、このシステムでは左右二方向から同時に撮影し、三角測量の原理で顔表面の各地点間の距離を測定し、コンピューターに取り込んで、防犯カメラ画像と同じ角度及び大きさに調整することが可能となったのです。
このように、同一角度や同一大きさに調整した防犯カメラ画像と被疑者の顔画像を鑑定し、個人識別ができることとなりました。
平成12年に科学警察研究所(東京)に最初に導入され、現在まで
北海道、宮城、愛知、大阪、広島、福岡の道府県警察本部に導入されています。
鑑定件数は、昨年まで290件実施しています。
実は、私自身もこの識別装置を活用したことがあります。
皆さん方も記憶していると思いますが、平成17年に中津江村にある「鯛尾金山」で純金鯛(32キロ)が盗まれる事件があったのですが、平成19年末この事件の被疑者を逮捕しました。
この時の逮捕の決め手となったのが、被疑者が道具を購入したホームセンターの防犯カメラ画像でした。この三次元顔画像識別システムを活用して、同一人ということを証明したのです。
7 以上、現在の厳しい捜査環境に対処するべく、現在の警察で取り組んでいる捜査手法について説明をしましたが、ご理解いただけたでしょうか。
今後も、このような科学的な捜査手法は積極的に取り入れ、活用することは必要と思いますし、警察としての趨勢と考えます。
しかし、その一方で昨年も話しましたが、長年刑事として捜査を行ってきた者としては、いくら科学的に捜査が進歩したとしても、
「人に勝る捜査資料はない」と思っていますし、
「足を使った捜査」が基本であると確信しておりますが、何より皆様方や市民の協力なしで捜査は不可能でございます。
どうか皆様方には現在の警察捜査の現状をご理解いただき、今後とも引き続きご協力いただけますようお願い申し上げます。
ご清聴有り難うございました。