事務局 〒879-1506 | |||
大分県速見郡日出町3904-6 | |||
医療法人 久寿会 鈴木病院 | |||
TEL:0977-73-2131 FAX:0977-73-2132 | |||
会長 | 山 田 滋 彦 | ||
副会長 | 上 野 公 則 | ||
幹事 | 鈴 木 貫 史 | ||
広報委員長 | 佐 藤 英 隆 |
例会日 | 火曜日 | 19:00 | |
会 場 | 日出町 | 別府湾ロイヤルホテル |
■ 出席報告 | 瀬口秀吉委員 | ||
会員総数 | 12名 | ゲスト | 6名 |
会員出席数 | 10名 | ビジター | 0名 |
会員出席率 | 83.3% | 出席者数 | 16名 |
前々回出席率 | (10/18)91.7% | 修正出席率 | (10/18)91.7% |
100%連続回数 | 0回 | 100%通算回数 | 366回 |
出席免除会員 | 山田滋彦 |
● メイクアップ | |
事前 | |
事後 | |
● 欠 席 | 加耒清一、河野一幸 |
点鍾 | 19:00 |
ロータリーソング | 君が代、奉仕の理想 |
ゲスト | ローレンス・ラチャペル様(RI 6330地区GSEチーム団長) 米山奨学生 張瑜さん 佐藤隆介さん(佐藤英隆会員子息・GSEチーム通訳担当) 会員夫人 |
ビジター |
山田滋彦会長
Mr.Lawrence, welcome to our Hiji RC meeting. I hope you will enjoy our regular meeting today. I cannot speak English, but please ask Mis. Chou yuu if anything that you don't understand.
皆様、今晩は。さて、早いもので今年も残すところ2か月となりました。今月はロータリー財団月間です。ロータリー財団の使命は、ロータリアンが健康状態を改善し、教育への支援を高め、貧困を救済することを通じて、世界理解、親善、平和を達成できるようにすることです。
6つの重点分野 |
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また、本日のようにGSE団長のローレンス・ラチャペル氏の来訪などもロータリー財団より補助される訳です。GSEに関しては大分中央RCの早水琢也氏が外来卓話の時にお話しされていましたので、割愛いたします。
10月30日(日)に日出ライオンズクラブの創立45周年に行って参りました。ライオンズのセレモニーは初めてでしたが、ガバナーが入場する時の音楽入りは何かロータリーとは違った光景でした。式典そのものはロータリーと相違はありませんが、We serve とI serveの違いをはっきり感じました。
夕方にはGSEメンバー5名の皆様との懇談会があり、お互いの友好を深め、早水氏と佐藤会員の息子さんの通訳で和やかに話しながら宴を終わりました。翌日は、当クラブのGSE委員である鈴木幹事と佐藤会員、また運転の労を頂きました秋吉会員お疲れ様でした。
また、今日は朝より別府国際ゴルフクラブでローレンスさんと別府北クラブ会長の三笠氏と佐藤会員、私の4人でプレーをして参りました。スコアは想像に任せます。
今日は瀬口会員の卓話で豊後高田市の昭和の町についての話で私の世代としては興味深い思い出です。楽しみに拝聴しましょう。更に、後程、本日ご訪問されているローレンス氏の話も少しお聞きしたいと思います。チョウユさん、通訳よろしくお願い致します。以上で会長の時間を終わります。
くにさきRC | 11月 9日(水) | 『安岐町ふるさと祭り』出店の為、 11月6日(日)10:00~『安岐町コミュニティ広場』に変更 |
11月16日(水) | 『職場訪問例会』の為、12:30~『ヘルメット潜水』に変更 |
上野公則会員 (準米山功労者寄付1口): |
私がお世話をしている少年野球に対して、毎年ご支援をいただいております。先般のプロ野球ドラフト会議において、真那井の小石君が西武に2位指名を受け、念願の日出町少年野球連盟出身のプロ野球選手が誕生しそうです。 |
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本多和夫会員(W): | 数年前よりプロバスケットボールチーム大分ヒートデビルズの1スポンサーをさせていただいています。先日、ホーム開幕戦が行われ、5年ぶりの開幕戦勝利、しかも2連勝でした。 |
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佐藤英隆会員(W):
ローレンス・ラチャペル団長と三笠別府北RC会長、山田会長とで、楽しいゴルフが出来ました。またクラブを提供した鈴木幹事にも有り難うございました。 |
≪ローレンス・ラチャペル - チーム・リーダー≫ |
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ジェフリー・デイビスさん 34歳 ガーデンセンタ-経営 |
エリン・ラムさん 27歳 栄養士/プログラムディレクター |
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ステイシー・ミューレンさん 28歳 弁護士 |
キャロリン・ウィリアムスさん 35歳 高校化学教師 |
平成に入って、大型商業施設の進出で客足を奪われて活気を取り戻せない過疎地の商店街は一向に減らぬが、そんな中、活気にあふれて元気のある街があります。そんな街が私達は好きです。
「昭和の町」はダイナミックなビジョンや展望を出さなくても、商店・商工会議所・行政が一体となって、現存する街並みや原風景を生かして活気あふれる時代を再現した街です。庶民的で地域文化の中に触れ合いや助け合いが感じられ、心豊かで幸せが実感できた時代です。
そんな楽しい昭和30年代にタイムスリップしてみました。それが「昭和の町」です。懐かしい物語的な商店が数多く有り、「昭和ロマン蔵」は楽しさいっぱいです。活気に満ちた頃の街が再現されています。今は豊後高田市の観光名所の一つとして、又、観光商店街として年間30万人以上の観光客が訪れ、賑わっています。皆さんもぜひ、この昭和の町を訪れて昔懐かしい感慨を味わって下さい。
江戸時代から明治、大正、昭和の30年代にかけて、豊後高田の中心商店街は国東半島一の賑やかな“お町”として栄えていました。豊後高田「昭和の町」は、この商店街が最後に元気だった時代、昭和30年代のにぎわいをもう一度よみがえらせようという願いをこめて、平成13年に着手した町づくりです。
ところで、昭和30年代とは、どんな時代だったのでしょうか?
貧しく不便だったけれど、明るい未来を信じて、隣近所が肩を寄せあい、助けあいながら生きていました。豊かで便利になったとはいえ、平成の今に比べて、幸せが実感できた時代、生きる手ごたえがあった時代といってもいいでしょう。時は物の形も人の心もすっかり変えてしまいましたが、豊後高田「昭和の町」には変わらなくてよかった形や心が今なお残されています。平成の今、懐かしさにしてしまった物も人も、ここではまだ大切に守り伝えられているのです。
お帰りなさい、思い出の町へ。